平成17年(行ウ)第12号怠る事実の違法確認等請求住民訴訟事件
原 告 花 上 義 晴
ほか20名
被 告 厚 木 市 長
2005年8月31日
横浜地方裁判所民事第1部合議A係 御中
原告ら訴訟代理人
弁 護 士 梶 山 正 三
1 はじめに
本書面は、被告の平成17年7月20日付準備書面(以下、本書面においては、単に「被告書面」という)記載の主張等に対して、認否反論等を述べるものである。
被告書面を読んでいささか呆れている。形式的・役人的答弁に終始し、実質的に市民を納得させるものは何もないし、また、そのような努力をしようとした形跡すらもないからである。
被告書面には、噴飯ものの箇所がいくつもある。それは余りに形式論理的に本件を処理しようとしているからである。これについては、以下順次述べることとして、本件を理解するのに欠かせぬ視点が2つある。冒頭にそれを述べておきたい。
第1に、本件市道廃止処分は、本件土地交換契約をすることのみを目的とした行為であるから、前者と後者の行為はそれぞれ別々に評価されるべきものではなく、一体として評価されなければならない。
第2に、上記「一体としてなされた行為」は、
上記述べたことの具体的適用については、以下、被告に対する反論に際して、必要に応じて述べる。
2 請求の趣旨第2項について、却下を求める主張の誤り
(1) 市道廃止処分と財務会計事項
被告が引用する最高裁判例は、いわゆる京都保安林事件における判決であるが、このような教科書的な判例を長々と引用することはない。
問題はそれほど単純ではない。現実には「財務事項」と「非財務事項」との区別が必ずしも明確でない場合が多々あること、さらには、「財務事項」と「非財務事項」とが一体として評価されるべき場合、先行する「非財務事項」の違法性がそれと密接な関係のある「財務事項」に引き継がれる場合である。
長々と引用するのは気が引けるので、簡単に引用する。
@ 公金の支出自体が違法となる場合に限らず、その原因となる行為が違法の場合においても、住民訴訟の対象になりうるとした例。
川崎市収賄職員退職手当支給事件(最判昭和60年9月12日判時1171号62p)、
A 先行行為としての非財務的行為に違法性があったとしても、それに基づく後行行為としての財務的行為の違法を来さないとした例。
1日校長事件(最判平成4年12月15日判例地方自治114号62p)、行政財産用途変更事件(東京地判昭和62年6月25日判時1261号61p)
上記は、いずれも著名な判例なので、コメントは不要であろう。ここでいいたいのは、被告のように、「財務事項」と「非財務事項」とを、常に截然と区別できるとの前提も誤りであり、また、明らかな「非財務事項」であっても、先行行為との密接性・一体性の評価により、住民訴訟で取り上げるべき事項になりうるものだということである。そして、判例において、それらを区別するメルクマールが、誰にでも異論がないほど明確にされているわけでもなく、違法性の承継の理論に関しても、最高裁の判例自体が、厳しいものもあり、緩やかに見えるものもあって評価が一定しないという事実である。
ここでは、原点に戻って、「住民訴訟制度の本来の趣旨・目的」から議論していくこととする。
なお、被告は「非財務的事項については、政治過程で対応することが地方自治法上予定されている」という趣旨不明なことを述べているが、行政庁の非財務的行為に関する法令上の制限・規制は無数にあり、「政治的過程で対応する」ことが「予定されている」などとは到底云えない。
(2) 本件市道廃止処分の実質的理由
本件市道廃止処分は被告のいうように「円滑な道路交通の確保及び発達という非財務的見地から行われる道路行政上の行為」ではない。
本件廃止処分をできるだけ正確に性格付けすると次のとおりである。
「本件市道廃止処分は、市道を普通財産に転換することにより相模興業への売り渡しを可能にすることが唯一の目的であり、道路行政上の目的は全くないのに、その形式に名を借りた脱法的行為である」
つまり、本件市道廃止処分には、被告のいうような「道路行政上の目的」など微塵もないのであって、したがって、「道路行政上の非財務的見地から行われた」との評価は誤りなのである。
次に述べるように、それでは、本件市道廃止処分の「目的」は何かというと、相模興業への売り渡し(売買ではないが、土地交換契約は本来的には売買の実質を有するのでこのように述べる)を可能にすること以外には、固有の目的を有しない。つまり、これは「土地交換契約の前提としての不可欠の行為」であって、「本件土地交換契約の一部」とみなすべきものである。
(3) 本件市道廃止処分は、相模興業に市道敷き部分を売り渡すことと一体的に評価されるべきこと
上述のように、
@ 本件市道廃止処分は、本件土地交換契約を可能にするための不可欠の前提行為であったこと。
A 本件市道廃止処分は、上記@以外に、如何なる他の行政目的をも有しないものであり、唯一の目的は、本件土地交換契約を可能にするためであったこと。
上記@、Aの事実のもとにおいては、本件市道廃止処分だけを切り離して、その財務事項性を論ずることは無意味である。本件市道廃止処分は、正に本件土地交換契約と「一体となって」なされたものであり、本件土地交換契約の「一部」をなすものとして評価すべきである。
(4) 結論
以上のとおりであって、本件市道廃止処分は、財務事項性を「立派に」有する行為であって、これを不適法とする被告の主張は失当である。
なお付言すれば、本件訴訟において、請求の趣旨に2つの項目を掲げていることから、裁判所からは当初、訴額について、160万円×2=320万円ではないかという疑義が提示されたが、上記「一体性」を説明して、160万円の訴額で納得して頂いた経緯がある。それぐらい、本件市道廃止処分と本件土地交換契約の「一体性」は顕著な事実なのである。
3 怠る事実の違法確認について
(1) 本件土地交換契約は解除できないとの主張について
被告は、本件土地交換契約には私法上の「無効原因」が存在しないし、また、私法上の解除権ないし解約権の発生原因もないから、「怠る事実」の対象たる財産がそもそも存在しないという。
しかし、上記も初歩的な誤りを犯している。地方自治法2条16項は、「地方公共団体は法令に違反してその事務を処理してはならない」と規定し、同条17項は「前項の規定に違反して行った地方公共団体の行為は、これを無効とする」と定めている。これは財務事項、非財務事項共通の通則である。
したがって、本件土地交換契約が「法令に違背してなされた」ものであれば、私法上も無効となる。被告は、「普通財産」に対しては、地方自治法238条の4第3項の適用がないことをいうが、それは、「本件市道廃止処分」と「本件土地交換契約」が正に不可分一体としてなされた事実を看過しているからである。本件市道廃止処分が、地方自治法238条の4第3項の適用を免れるためにのみなされた、脱法的行為であることを直視すれば、形式的には、普通財産の交換としてなされたとしても、それを実質的に見て、「行政財産の交換」と同視すべきものである。なぜなら、道路行政上の目的を一切有しない本件市道廃止処分それ自体が、法令に反するものとして「無効」とみなされるべきであり、それが無効である以上、本件土地交換契約は、行政財産の交換契約ということになるからである。
以上のように地方自治法上「無効」な行為は、前述のとおり、私法上の取引も含まれるものであることは当然だが、判例通説は全ての法令違反の行為を当然無効とはせず、取引の安全をも考慮して、具体的・個別的に無効か否かを判断すべしとしている(例えば、最判昭和62年5月19日判時1240号62p)。つまりは、取引の安全を考慮する必要のない場合は、上記法令違反の行為は、私法上も無効となるのである。
本件について、この点を見るに次のことが指摘できる。
@ 本件市道廃止処分及び本件土地交換契約は、
A
上記@、Aの事情のもとにおいては、被告の上記各行為は、
なお、
上記のように「立派な」無効原因が存在する以上、被告が本件土地交換契約により喪失した市道敷きを取り戻すことに障害はない。
(2) 合意解約又は合意解除しないことは違法ではないとの主張について
本件土地交換契約は上記のように「無効」であるが、土地交換契約で
現実問題として、
(3)
土地交換契約に関して損害が生じたかどうかは、もちろん「土地価格」の問題もあるが、交換によって取得した土地が、
本件土地交換契約によって、
(4) 本件土地交換契約は、機能回復道路を取得するためとの詭弁について
例えば、次のような事例を考えてみよう。
@ A市は、その管理道路の修復等日常的な維持管理上必要な機材として、重機甲を所有していた。
A 民間業者Xは、重機甲と同種だが、価格も安く、性能も劣る重機乙を所有していた。
B A市の市長は、民間業者Xとの間で、重機甲と重機乙との交換契約をして、重機甲をXに引き渡した。
C A市の市長は、重機乙の上記交換契約による取得は、重機甲を失った以上、管理道路の維持管理上「必要な機材」であると主張している。
上記Cは、正に「詭弁」であり、詭弁論理学でしばしば登場する事例である。説明は不要と思うが、念のため述べる。
第1に、そもそも、重機甲と重機乙との交換契約をしなければ、重機甲を失うことはなかった。
第2に、重機甲を失わなければ、重機乙の必要性は生じなかった。
第3に、ゆえに、重機乙の必要性は、上記交換契約をすることにより生じたものであって、交換契約をしなければ、重機乙の必要性は生じなかったのであるから、重機乙の取得の必要性を上記交換契約を合理的とする理由にすることはできない。
被告が、本件土地交換契約により取得した土地について、「付け替え道路として必要だから」「公共的利用のため」として合理性があると説くのは、上記「子供だましの詭弁」と全く同じ構造である。
第1に、本件土地交換契約前は、
第2に、
第3に、
もともと本件土地交換契約をしなければ、「付け替え道路」の必要など生じなかったのであるから、このような「付け替え道路としての使用」をもって、本件土地交換契約の合理性を基礎づけることはできないのである(被告もそれぐらい理解しなさいよ)。
自ら「詭弁」を弄しながら、それが「詭弁」だということも気が付かないのはもっと悲惨だから、念のために上記の「分かり切ったこと」を丁寧に述べたのである。余計なことだったかも知れないが。
(5)
被告は、本件土地交換契約によって
何とも低劣な弁解である。これは、駐車違反で捕まった人間が、「他にも違反している奴はいっぱいいる」と述べて、「弁解」するのと同じである。他人が悪いことをしているからといって、自分も悪いことをしても許されるという理屈が成り立たないことは小学生でも分かる。弁解をするなら、こんな馬鹿げた弁解ではなく、もっと本質的に「鑑定が不要」という理由を述べるべきである(無理とは思うが)。
(6) 相模興業の採石事業に関する被告の主張の誤り
被告は、相模興業の採石事業が、市民の福祉に著しく反するものであっても、それは「財務的事項」とは関係ないと述べている。しかし、ここでも被告は大きな誤りを犯している。
本件土地交換契約は、正に「相模興業の拡大採石事業を可能にする」ことだけを目的としてなされた。本件土地交換契約が、財務的事項であることは被告も争わないが、財務的事項は前述のとおり、法令に違反してなされてはならず、それに反してなされた行為は「無効」なのであるから、本件土地交換契約が、「行政上の如何なる目的をもって」「かつ、如何なる法令上の根拠に基づいて」なされたかは、正に財務的事項に属する。
飲食接待費、議員海外渡航費などの公金支出の違法性が住民訴訟の目的として広く認められているのは、正に財務的行為の「行政目的の適正さと法令上の根拠」が財務事項であるからにほかならない(いくら被告でも、これぐらいは分かるよね)。この適正さとは、単に形式的なものだけではなく、社会的儀礼の範囲かどうか。額が相当なものかなど、実質的な内容に及ぶのである。
そうすると、本件土地交換契約の行政上の実質的目的の適正さが、当然財務的事項として住民訴訟の審理の対象になる。
被告は、
なお、被告は、相模興業の拡大採石事業に関して、環境アセスメントが適正になされたなどと述べて、
(7) 市道廃止処分の違法性と先行行為について
被告は、仮に本件市道廃止処分が、本件土地交換契約の先行行為とみなされるとしても、そもそも本件市道廃止処分に違法性がないので、違法性が承継される余地はないとしている。ここにも被告の大きな誤りがある。既に述べてきたことの整理であるが、念のため述べる。
第1に、本件土地交換契約は、著しく市民福祉を害する上、行政目的としても、実質的な必要性を欠くものでそれ自体違法である。
第2に、市道廃止処分は、如何なる道路行政上の目的もないのに、形式的に道路行政に名を借りたもので、それ自体違法である。
第3に、本件市道廃止処分と本件土地交換契約は、相模興業へ
(8) 道路行政と「付け替え実例」についての詭弁
被告は、「道路行政においては、道路の付け替えは頻繁に行われることである」との前提で、本件市道廃止処分と本件土地交換契約があたかも、「道路付け替え」を目的とした道路行政上の行為であるかのようにいう。
しかし、ここに被告の「誤魔化し」がある(誤魔化しといっても、直ぐに露見する程度の浅薄なものだが)。
もともと本件市道は、「付け替え」などの必要は全くなかった。そのことは、被告も十分理解していたはずである。議会議事録等でもその点は争う余地がないほど明らかである。
そして、被告は、如何なる点から見ても必要のない(それどころか著しく市民福祉を害する)本件土地交換契約をすることによって、「本来の立派な通行路を失わせて」「無理に付け替え道路の必要性を作り出した」のである。このような事情のもとにおいて「付け替え道路の必要のために本件土地交換契約」をしたと称することが詭弁そのものであることは既に述べた。
通常の「付け替え道路」のように必要があって、付け替えをする場合と、本件のように、本来必要がないのに、無理にその必要性を作り出した場合とは厳に区別しなければならない。
4 被告
冒頭に述べたように、本件を解く鍵は、被告と訴外相模興業が、事前に通謀した上、相模興業の「拡大採石事業」を可能にすることだけを目的にして、本件市道廃止処分と本件土地交換契約を行ったという点にある。
この明白かつ重要な事実については、被告も認めると思うが、被告書面を見る限り認めない可能性もあるので、本書面に対する被告の反論を待って、上記事実関係に関して具体的に主張立証することとする。
5 結語
本書面は、被告書面に対して、原告らとしての反論とその主張の基本的な枠組みを提示することを目的として書いたものである。上述のように、本件の場合は、具体的な事実関係に入る前に、法的な議論はある程度済ませておいた方がベターと考えるので、本書面に対する被告の真摯な反論を大いに期待したい。
最後に、一言。忘れるところだったが、補足する。
被告書面において、しばしば「議会の審議を経た」とか、「議会制民主主義により」などの言葉で、議会の議決を経たことがあたかも、違法性を阻却する事由のように述べられているので、その誤りを指摘しておく。
議会の議決は、その多くの場合(本件の場合も含めて)、執行機関を拘束する又は議決された事項を実行することを義務づけるものではなく、それを行うことを授権するのに留まるものであって、執行機関としては、議会の議決を経た上で、さらに当該行為の是非を自ら判断できるものであるから、議会の議決は当該行為の違法性を阻却するものではないというのが、通説判例である(最判昭和37年3月7日民集16巻3号445p、札幌地判昭和54年7月17日判時948号50p)。